面白ヨーロッパの歴史「ランゴバルド」その3
現在のロンバルディア地方に現われ、568年パヴィアを都に建国しました。
彼らがこれまでのゲルマン人と大きく違っていた点は、ビザンッ皇帝の宗主権を認めなかったことにある。
オドアケルにしろ、テオドリックにしろ、他のゲルマン諸国がビザンツの属国の地位に甘んじていたにもかかわらず、ランゴバルドだけはあからさまな敵対行為をつづけたのだった。
ランゴバルドの最盛期は8世紀前半のリウトプランド王の時代。
半島中央東部のスポレート公国、南部のべネヴェント公国を従属させ、半島全域をも支配下に置きかねないまでの勢いをみせます。
これを重大な危機ととらえたローマ教会は頼りにならないビザンツを見限り、カロリング朝フランク王国のカール大帝(シャルルマーニュ)に救援を依頼。
これに応じたカールは軍団を率いてアルプスを越え、774年にランゴバルドを滅ぼすが、この結果、地中海西部ではフランクとアラブ諸勢力が対峙する情勢が生まれたのでした。