均てん努力と集権システム 4
世間は辞書風にいえば「自分と共に世界を形作る一般の人びと」のことで、「世間の目が厳しい」とか「世間がうるさい」とか「世間体が悪い」とかいう揚合の「世間」です。
「狭い世間」は他人関係であるから親子関係では不要な遠慮が要るのです。
無遠慮であってはならない作法の世界です。
・・・しかし、ここでの他人は「遠い親戚より近い他人」ということわざに示されているように、自分のことを知っていてくれる、理解してくれている、認めてくれている、配慮してくれるような「他人様」です。
つまり、遠慮は要るぶ心(情)通う人間関係があるのです。
なにか困ったことがあれば心配してくれる友だちの関係でもあります。
わたしたちは、この「狭い世間」を、例えば、職場に、趣味や社会的活動の場に、子どもの頃からの友人付き合いに、隣近所の交際のなかにさまざまな形でもっています。
ですから、この「狭い世間」を騒がせ、怒らせて絶縁状態になると孤立してしまいます。
「世間をお騒わがせて申し訳ない」という場合の「世間」はどこよりもまず「狭い世間」であると考えられるでしょう。
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